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maruのメガネ歴は15歳の中学3年生の時から始まります
当時は『メガネ=ダサい』だったのでメガネは絶対掛けたくなかったものです
しかし、授業中の黒板が見えにくいことがあり、高校受験の勉強に身が入らない私はわざわざ受験直前の正月明けに近所のメガネ屋さんでメガネを作ることにしました
初めて買ったメガネはフチなしの四角レンズ、つるは細い金色、耳掛けはベッコウ色
確か4~5万円しましたが、学生向けのもっと安いメガネがあったのに、私の親は文句の1つも言わずに買ってくれたことに今思えば感謝しかありません
クラスメイトにも普段からメガネを掛けている”メガネ常用者”は数人いました
この時の私は一旦”メガネ常用者”になったらこのさき一生メガネか・・せめてそれを受け入れられる大人になるまでは・・とどうしても”メガネ常用者”にはなれませんでした
そのため、メガネを買ってもらったものの授業中の必要な時だけメガネを(耳に掛けずに)手に持ち、レンズを介して黒板を見て、見終わったらメガネを置くというのを繰り返す使い方をしていました
そんなことをしている傍ら、手に入れたメガネは複雑そうに見えて単純な構造をしたものだと分かり、受験勉強に飽きたらネジを外して分解して、また組み直してと遊び道具にもなっていました
高校、予備校と学年があがってもメガネ常用者にはなれませんでした
相変わらずメガネを掛けるのは授業中のみでしたが、その都度で着け外しをすることはしなくなり、授業中はほぼ掛けたままになり、疲れたら外す、という使い方になっていました
人生で初めて作ったこの『ベッコウ色のメガネ』は大学入学まで使用することになります
高校生になると裸眼では日常生活に少しの支障をきたすほどに近視が進行しており、そのことに薄々気づいていながらもメガネなしで過ごしていて、遠くが見えづらい時は目を細めて凝らして見ることがありました
ある朝バスを待っている時にいつものように目を細めてあたりを見ていたら視線の先がたまたま不良人物だったようでその人に因縁をつけられる事件が起きてしまいました
一緒にいた友人が追い払ってくれてなんとかなりましたが、日常生活においても向こうから来る友達に気付くのに時間がかかり過ぎて気まずくてスルーしてしまうこともありました
がしかし、かねてより『メガネ常用は大人になってから』というスローガンを掲げてきた私はこの期に及んでもメガネを常用することはできずにいました
ちょうどこの頃、コンタクトレンズデビューをした姉を見て、私自身もコンタクトレンズにしたくなり、初めてコンタクトレンズと出会います
高校生として過ごすある日、母親と姉と一緒に隣町の眼科&コンタクト屋さんに行ってコンタクトレンズを体験することになりました
この当時、ソフトレンズはまだ少なく、高校生だった私にはハードレンズが適応とされました
ハードレンズを試着し、お店の方に『着けるの上手ですよ~』と持ち上げられるも、ハードレンズを着けると眼が痛すぎました( ;∀;)
とてもじゃないけど目を開けることすらできず断念・・コンタクトデビューの夢はあっけなく打ち砕かれたのでした
自分が悪いのにコンタクトデビューできなかったことに腹を立て、親に八つ当たりの不満をぶつけて帰宅したのを覚えています
それから数年が過ぎて大学生になりました
大学の講義室は広くて薄暗かったので、5年前に作ったベッコウ色のメガネではさっぱり黒板の文字が見えませんでした
メガネを掛けてもさっぱり見えないなんて!とこの数年間における更なる視力低下に強いショックを受けてメガネを新たに作ることにしました
大学の近くにあったメガネ屋さんで新しいメガネを作ることにしました
この頃にはメガネもセルフレームであったり、カラーフレームであったりとフレーム付きのメガネがファッションの一部として認識されてきました
メガネ屋さんに入店し、最初に手に取ったのが緑色の金属フレームのメガネでした
(これは金属製で頑丈そうだし、ファッション的にもイケてると言われる色付きフレームでもあるな・・・よし)とメガネを試着して鏡をのぞき込みます
眼が悪いから鏡に近づかないと見えないだけなのですが、鏡に近づいていると店員のお姉さんはどう思うかと考えると、大学生になりたての私はとても恥ずかしくて
「えっと、これにします」とあっさり購入
(一応色付きフレームだけど、所詮メガネだしこれがダサい・・なんてことないよな)と内心不安を抱きつつ36000円のお会計
帰宅して領収書を眺めながら冷静に考えたら、(緑色の金属フレームはやっぱりダサかったかなぁとか、店員さんの目が気になって色々試着できなかったなぁ・・)と少し後悔していました
そんな後悔の念を抱く一方で、期待を膨らませがちな私は(・・いや待てよ、完成後のメガネをかけて矯正された視力で見たら意外といけているかもしれない)と微かな希望を抱いて待つこと1週間
1週間後に完成したが緑の金属フレームメガネは想像通りダサいものでした
店頭でこのメガネを掛けて、矯正された視力で鏡を覗くと、緑色の金属フレームを掛けたマヌケな顔をした私がはっきり見えます
(これに36000円もかけてしまったのか!このマヌケな顔で外を歩けないよ!と)こみ上げてくる笑いを必死に堪えて店員さんに視力の確認や耳掛けの調整をしてもらいましたが、すべて無かったことにして逃げたくなるくらいダサいものでした
この緑色の金属フレームメガネも大学の講義の最中だけ、見えないときだけかける関係になりましたが、その頃になると大学の講義をサボって、堕落した大学生活を送ることになり、この緑色の金属フレームのダサメガネをかける機会はほとんどなかったのでした
大学1年の冬、ついにソフトコンタクトレンズデビューを果たしました
高校生の時に挑戦したコンタクトレンズはハードレンズでしたが、この数年のうちに成人したし、医療も進歩してソフトコンタクトレンズがより身近なものになっていました
ソフトコンタクトレンズを装着した感想は
装着しても全然痛くない!視界はとてもクリア!友達をスルーしない!メガネ無しでよく見えるって最高!と生まれ変わったような気分でした
また、色々なものが良く見えるようになり、これまで眼が悪いということで大事な情報をたくさん見落としていて、すごくもったいないことをして来たのかもなぁと思いました
ソフトコンタクトレンズは、1日用、1週間用、2週間用といくつかのタイプが販売されていましたが、私はとりあえず1週間使い捨てタイプを選択しました
こうして私はメガネをかけなくてよい生活を手に入れました
一度は打ち砕かれた憧れのコンタクト生活だったので、お店の人に指導してもらったとおり、それはそれは丁寧に手を洗い、優しくレンズを洗浄するという完璧なコンタクトの管理をしていました
その後は外出するときはコンタクトを装着し、自宅にいる時はベッコウ色のメガネをかけるという生活スタイルになりました
緑色の金属フレームのメガネは自宅にいる時にかけるには度が強かったので殆ど使わなかったのですが、この頃には5000円程度で購入できる格安のメガネが世間をにぎわしていました
大学生にとってコンタクトレンズの維持費は決して安いものではありません
そこで少しでも節約するために、オフの日はメガネにしてコンタクト代を浮かそうと考えて格安メガネを作ることにしました
今度はオフ用なのであまりこだわりはありません
メガネのツルの部分が柔らか素材で踏んづけても壊れない&掛けているのを忘れるくらい軽いというのが売り文句のメガネを購入しました
この『柔らか軽量メガネ』ですが、コンタクトレンズにより矯正された視力の下で試着して、じっくり選ぶことができたのがよかったのかお手軽で使いやすく、このメガネを掛けることが多くなっていました
気付けば私もメガネ常用を許容できる年齢になっていました
その結果、普段はこの柔らか軽量メガネを掛けて過ごし、運動時や旅行時には洗浄&消毒不要な1Dayタイプのコンタクトレンズを装着する、という生活になりました
メガネを常用するようになってからは、飲み会で酔っぱらった時にメガネを壊し、壊したらまた格安のメガネを作るというのを繰り返していていました
その後、5度のメガネの新調を経て現在のメガネに至ります
現在のメガネを作るかどうか、という時に「レーシック」とか「オルソケラトロジー」という新しい知力矯正治療について知りました
『その2 やっぱり裸眼で過ごしたい!メガネやコンタクトレンズ以外の選択肢』に続く
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